キンケイ Golden Pheasant

キンケイ
キンケイ

金鶏の特徴

此の鳥は我が国にも古くから伝わり、徳川時代には繁殖もなされていた事が解っています。


金の鶏と書きますが、鶏とは何等関係はなく、外観も鶏と全く違います。此れは古代の支那の画家が名づけた様に、金花鳥と名付けるべきで、誠に金の花が咲く様な美しい鳥です。


有名なフランスの鳥学者ジャン・デラクール博士も美の極致だといっておられますように、最高の美の持ち主で、不可思議に迄良く調和のとれたものには人はいろいろ神話とか、迷信をかけるものです。


文献はギリシャ時代に遡っていますが、今から2400年前にはギリシャ人が既に此の鳥を神話における不死鳥として知っていた事はギリシャのアリストファンの業者「鳥」に記載されており、又、プリニーの著者「自然史」の中にはローマ人が此の鳥を知り、飼っていた事が書いてあり、これが金鶏が人間に飼われた最古の記録で、実に紀元後35年であります。


不死鳥は金鶏よりは寧ろカンムリセイランであるという人も出て来ましたが、セイランは我が法隆寺にあります鳳凰の原形であるといわれ、霊鳥として古代より信じられておりました。


支那では、住宅で飼えば火事を逃がさせてくれる鳥として古くから飼われ、又美しさは美術品となり、貴族の趣味に取り入れられました。また其の肉は不老長寿の薬として食せられましたから、原産地では著しく減少し絶滅すら心配される様になりました。


然し、非常に美しい為に人間が飼い、繁殖したために自然界における減少と反比例し、人間界で沢山増加し、世界の至るところで飼われほとんど家禽化したのですが、それと同時に雑種も増加するという忌むべき現象が起こって来たのでしたが、我々は純粋なものを増加し、雑種を我々の世界から消さねばなりません。


また、美術的には支那では刺繍になり、陶磁器に書き入れられ、帽子の装飾としてその羽が使用されました。


金鶏は原産地が支那奥地中国西南部の山の斜面とか丘である為に、あまり見た人はいないのですが、雪氷の寒さに強く、暑さに弱く、禽舎で飼う場合は、日除けが必要です。


且つ、強い太陽に直射すると、赤や黄が色あせてまいります。殊に此の突然変異種の黄金金鶏では黄色が色あせて白っぽくなると見苦しくなります。


金鶏は前述の通り、銀鶏との雑種が増加して、純粋種が得難くなっていますが、純粋性の見分け方は次の通りです。

金鶏の純粋種の見分け方


金鶏は小形で華奢(きゃしゃ)で、足だけが高いのですが、全体として大形は銀鶏の因子がある証です。


胸は純赤色で美しく、羽冠は黄色でありますが、胸が黒いとか、白いものはいけません。


腰の上の羽は黄色でありますが、此れに赤色のあるものは雑種です。


2枚の中央尾羽には黒い横縞があってはなりません。細いパフの斑点が褐色の羽の中に無数にあるのが宜しい


眼の周りの裸出部は黄橙色であって、黒いとか、灰青色であってはなりません。


雌の羽冠に相当する部分は黄色がかっておりますが、此れが赤味がかったものは不純です。



金鶏には黄金金鶏と橙紅金鶏の2種の突然変異があります。


此れはイタリアもボロニヤ大学のギギー博士が発見、または作出して、学名を与えたのですが、彼の説明によりますと、1952年の9月に、ドイツのケーニッグスベルグのアレキサンダーハンプが普通の金鶏の胸の赤色の部分が全部黄色化しており、他にも少し変わった処がありましたが、こんなものをギギーの処へ届けて来ました。


ハンプ氏は此の雉の出所は解らなかったのですが、養鶏雑誌の広告を見て、ギギーが興味を持つ鳥だろうと考えて彼の処へ持参しました。ギギーはこれは多分突然変異であろうと考えて、まずは普通の金鶏の雌を買い入れて、ハンプのもたらした黄色の雄と交配させてみました。


1955年には、これからは金鶏だけしか得られず、即ち黄色のものと普通種とが、おのおの半々を得ました。且つ、黄色種同士の交配からは黄色種のみしか得られなかったのです。


これからギギーは黄色種は普通金鶏の劣性形質だと判定し、Chrysolophus pictus luteusと学名を与えました。この黄金金鶏は日本へも来たり、繁殖も盛んです。


橙紅金鶏というのは、これより以前から固定されております。


今ひとつの突然変異種ノドグロ金鶏と黄金金鶏との間に出来たもので、ギギー作出したのでしたが、これは胸が黄金金鶏のレモンイエローに対して、橙色または橙紅色のものです。


金鶏の飼育繁殖の歴史は前述の如く古く、従って現在世界の国々で飼われている金鶏は皆、野外捕獲のものではなく、禽舎内孵化の子孫です。この子孫が野生の金鶏とどの程度違っているかを調べることは極めて興味があるのですが、アメリカのソルトレーク市にあるジョージアレンの飼育場へ、約36万円の費用を持って、1964年の3月に3つがいが原産地から輸入されたのでした。


これは、輸送の為、羽は傷められておったのですが、到着の年および翌年繁殖され70羽に増加し会員に分配されました。此の鳥は純粋の野生鳥にふさわしく、実に立派なものであったそうです。


現在でも此の系統の金鶏を別にして取り扱っています。

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キジと水鳥 仲田幸男
キジと水鳥 仲田幸男 昭和46年12月20日 ASIN: B000JA2ICE 泰文館 (1971)
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