犬の心臓弁膜の疾患(acquired heart diseases)
家畜の後天性心疾患については、各種動物でかなりの発生をみていますが、ここではその主なものについて記載します。
犬の心臓弁膜の疾患(valvular heart disease of dogs):犬の後天性心疾患は、3~5歳以上のものに多くみられる。慢性弁膜症がもっとも多発し、次いで心筋疾患および慢性弁膜症と心筋疾患の併発症などがあげられる。
慢性弁膜症の原因には、細菌あるいはウイルスの感染、犬糸状虫の寄生、血行動態の変化、自己免疫反応や外因性抗原に対する反応、年齢にともなう弁膜のコラーゲン組織の変化などがあげられています。
一般に慢性弁膜線維症の型をとり、その結果、弁膜の閉鎖不全(弁不全または弁性逆流ともいう)をおこし、通常理学的検査にあたって、心雑音が聴取される。
臨床上、僧帽弁(左心房室弁)または三尖弁(右心房室弁)線維症が多くみられ、大動脈弁(左半月弁)や肺動脈弁(右半月弁)の疾患は比較的少ない。ここでは、特に診療にあたって重視されている慢性僧帽弁線維症について記載します。
慢性僧帽弁線維症chronic mitral valvular fibrosis:本症は、全犬種にみられますが、小型犬や中型犬に多い。とくに小型犬にその発生率が高い理由についてはまだ明らかにされていない。
なお、この疾患については、僧帽弁およびその腱索を含む、び慢性・結節性肥厚を主徴とする僧帽弁閉鎖不全症とする考え方が多く、また、近年、弁膜の粘液変性と弁膜の逸脱所見のあることを報告している。
イ)原因と発病:慢性弁膜症の原因については、すでに記載していますが、本症の病因についても、いまだ定説が得られていない。この種の房室弁線維症は2~3歳頃から発病し、軽度の収縮期雑音が聴かれ、いわゆる代償性僧帽弁閉鎖不全(第Ⅰ期)を認める。
成長するに従い病気は徐々に進行し、左心室の機能障害(第Ⅱまたは第Ⅲ期)がおこって発病する。8~12歳頃になると、全身性うっ血性心不全(第Ⅳ期)をきたして、重篤な症状を呈するものが多いが、なかには壮齢犬で重症に陥るものもある。
ロ)症状と診断:慢性僧帽弁線維症は僧帽弁閉鎖不全mitral insufficiency(MI)を主徴とし、その初期、すなわち第Ⅰ期の症例では、日常、全身症状にはほとんど異常を認めないが、たまたま臨床検査で収縮期雑音の聴診によって発見されるものが多い。
病気が徐々に進行し、第Ⅱ期、すなわち心・肺機能に異常が現れてくると次のような症状を呈するようになる。すなわち、夜間から夜明けにかけておこる、低くて強い咳嗽発作が特徴的で、呼吸困難や呼吸促拍を発し、咳嗽発作の終わりに痰を喀出して吐気を催すものが多い。
病勢が進み、第Ⅱ期に至ると、咳嗽は昼間にもみられ、さらに発作の状態は憎悪し、いかにも心疾患を疑わせるようになる。犬が興奮したり、飲水時あるいは鎖で引いて連れ出す時などにも咳を発しやすくなる。
さらに病気が悪化し、全身性うっ血性心不全、すなわち第Ⅳ期に至ると、いわゆる肺水腫(pulmonary edema)が顕著となり、咳嗽と呼吸困難が一層激しくなる。
心臓は代償性不全に陥り、患畜はチアノーゼなど次第に重篤な症状を呈して予後不良となる。
なお、この慢性僧帽弁閉鎖不全は、しばしば右心室へ負担をかけるところとなり、その結果、右心不全を招いて、肝うっ血腫大、腹水、皮下浮腫などの症状をひきおこすようになる。
これらの所見は犬糸状虫症の重症のものに類似しているので、誤診されやすいから注意を要します。
僧帽弁閉鎖不全の犬における血液所見では、とくに赤血球数、ヘマトクリット値、ヘモグロビン量、白血球数、血糖などにはあまり著変を示さないが、腎血流量の減少や肝うっ血などがあるため、BUNやGPTの値が上昇する傾向があります。
本症の診断にあたって着目すべき点は、上記の症状のほかに、聴診において、収縮期雑音が認められ、病気の進行にともない高い弾撥性の第一音が聞こえる。
この場合、しばしば心音図による解析が要求される。
心電図における特徴は、病勢のかなり進んだもので、心拍数の増加と洞性の不整脈および心房または心室性の期外収縮などが認められる。左心房拡大による僧帽性P波と左心の肥大によるQRS群の延長がみられ、また、さらに病気が悪化すると、房室解離や心室性頻拍などがおこり、末期に至り、心房細動を招くものが多い。
X線所見の特徴は、側面、背腹像いずれも左心房および左右心室の拡大がみられる。病勢の進んだものでは、さらに左右心室が肥大して心尖部が左側へ移動し、拡大した左心房はやや上方に位置し、気管が上方へ押し上げられる。
肺うっ血により、肺水腫をおこしたものでは、肺野はぼけた陰影がみられる。
また、心カテーテルを用いた選択的左心室造影像では、大きく拡張した左心房へ造影剤が逆流している所見が認められる。
ハ)治療法:第Ⅰ期の症例に対しては、低ナトリウム食をとらせ、強い運動はさけて、心不全への移行を予防し、対症処置を行う。
第Ⅱ期のものでは、激しい運動や興奮を避け、ナトリウムの制限および鎮静剤ならびに気管支拡張剤を投与する。病気の進んだ第Ⅲ、Ⅳ期の症例に対しては、安静を命じ、できれば入院させて、塩分の制限を行い、強心配糖体(ジギタリス)や利尿剤、気管支拡張剤を投与し、もし咳嗽が抑えられない場合は、燐酸コデイン、フェノバルビタールまたは抱水クロラールなどを用いる。
本症の治療に以上のように病気の段階によって行われるもので、いずれも病気の原因を完全に治療できない。治療中、循環機能の改善によって、一過性に経過が良転することもありますが、病気の進行を抑えることはまず困難であり、また現段階では、心臓外科による治療も期待できない。

